整えるパン

この、怒涛のごとく何か中から出したい、というような、これはなんなのか。

わからないけれども。

大宴会の余韻なのか。それとも夏至の前だからなのか。

大宴会、主催の大輔さんはじめ、スタッフのみなさんの心意気が相当なものなので、あの場所に丸一日いると(+後夜祭の比重も大きい)、半端ない何か素晴らしいものを立て続けに浴び続けることになり、自分の知らなかったこと、範疇外だったこと、の中にこんなにかっこよくて素敵なことがあるって知ってしまい、終わってから、ミーハーで知りたがりな私としては、それを追いかけるので忙しい日々。

で、今まで自分がいたところよりちょっと、もしくはずっと高い、レベルの違うところにいる人たち、と接すると、自分まで、今までの自分のレベルではいられなくなる、というか。

それが、アクティベートされる、ってことか。

うずうずする感覚。

3年前から続いている、私にとっての大宴会効果。

 

休むのはとても大切。

休んでいるときに、とても大事にな考えがふとわいてきたり、重要な情報をキャッチできたりするから。

 

自分のパンのコンセプト、なかなか定まらなかった。

うまく説明できなかった。

自家製酵母、国産小麦、体に優しい素材、無農薬、お砂糖を使わない、などなど、上げればいくらでもあげられるのだけど、今やどこにでもあるし、キリが無くてまとまらないな〜、と思っていた。

けど、今日、ふと、浮かんできた。

 

整えるパン。

自分の中心に戻してくれるパン。

そんな感じかな、と。


4/1に一旦ここでパンを焼くことをやめて、それからほぼ2ヶ月の間自分のパンがなくて、とても困った。

なかなか、自分のパンのようなパンが手に入らなくて。

最後はお取り寄せもしたりしたけれど、なかなか。

それはもしかしたら私にとってだけの、整える、なのかもしれないけれど、でも、周りのお客さんからも、そういうお声はいただくのでそういう効果は私に限らないのかもしれないとも思ったり。

奇を衒うことなく、朴訥に、自然に、体と心を整える食べ物であること。

大げさかもしれないし、まだまだそういうレベルに達していないかもしれないけれど、そういうパンでありたいという気持ちで、作る。

そういうものを生み出す人に私はなりたい。
ようやく、しっくり。

つじつまもあった。

コメント