すずしいけど蝉はなく

今朝起きたらすずしくて救われる。

やらなくちゃならないこと、今日の午前中にやろう。

午後は授業参観だから。
すずしいけれど蝉の声はエンドレスでうれしい。

昨日、私が玉ねぎを切っていたら、子供達、トントントンという音をメトロノームの音に見立てて、今レッスンしているピアノの曲を歌い始めた。

緩急合わせて歌って笑ってる。

私ものせられて途切れないように切ってみたり。

調子に乗って指を切らないように!と言い聞かせて。

夜寝る時間になって、「そうだ、明日の時間割の最高(最終)確認しようっと」なんてわざとらしく言い出した息子小三。

さっき、もう宿題も明日の用意も終わったし、なんて嘘ついてたのバレバレじゃーん、とつっこむ母と姉。

さっきなんとなく台湾の天気を調べてみた。

台北は朝から晩まで35度前後、台南はここのところずっと雷雨続き。

夏の台湾はやめておいたほうがよさそうだなー、などと。

昨日、娘が、ミニトマトが美味しくないって、どういうこと?と聞いてきた。

一瞬???と意味わからなかったが、あー、スーパーで売られている旬を選ばない商業野菜の美味しくなさのことかな?、と。

野菜に限らず、本当に良いもの、自然のもの、を与えて触れさせてあげられたらと、願う。

窮屈にするんじゃなく、のびのびと。

山尾三省「火を焚きなさい」

20年以上前、初めて屋久島を一人で訪れた時、その時に出会ってお世話になった人に、山尾三省さんの「聖老人」、という本を教えてもらい、それから、三省さんの本を片っ端から探して読み、今もほとんど持っていますが、フラフラ迷って先も見えていなかった自分の、自分でもよくわかっていなかった奥の方の自分の根っこが共感して、生きる勇気をもらいました。

屋久島で過ごした時間はそれほど多くはないけれど、いつでも思い出せるあの空気感、どこにいても山が迫ってくる景色、私の人生の拠り所、宝物です。

 

山尾三省「火を焚きなさい」を読む http://yakushima-tv.com/make-the-fire/ @屋久島ハートTVさんから

整えるパン

この、怒涛のごとく何か中から出したい、というような、これはなんなのか。

わからないけれども。

大宴会の余韻なのか。それとも夏至の前だからなのか。

大宴会、主催の大輔さんはじめ、スタッフのみなさんの心意気が相当なものなので、あの場所に丸一日いると(+後夜祭の比重も大きい)、半端ない何か素晴らしいものを立て続けに浴び続けることになり、自分の知らなかったこと、範疇外だったこと、の中にこんなにかっこよくて素敵なことがあるって知ってしまい、終わってから、ミーハーで知りたがりな私としては、それを追いかけるので忙しい日々。

で、今まで自分がいたところよりちょっと、もしくはずっと高い、レベルの違うところにいる人たち、と接すると、自分まで、今までの自分のレベルではいられなくなる、というか。

それが、アクティベートされる、ってことか。

うずうずする感覚。

3年前から続いている、私にとっての大宴会効果。

 

休むのはとても大切。

休んでいるときに、とても大事にな考えがふとわいてきたり、重要な情報をキャッチできたりするから。

 

自分のパンのコンセプト、なかなか定まらなかった。

うまく説明できなかった。

自家製酵母、国産小麦、体に優しい素材、無農薬、お砂糖を使わない、などなど、上げればいくらでもあげられるのだけど、今やどこにでもあるし、キリが無くてまとまらないな〜、と思っていた。

けど、今日、ふと、浮かんできた。

 

整えるパン。

自分の中心に戻してくれるパン。

そんな感じかな、と。


4/1に一旦ここでパンを焼くことをやめて、それからほぼ2ヶ月の間自分のパンがなくて、とても困った。

なかなか、自分のパンのようなパンが手に入らなくて。

最後はお取り寄せもしたりしたけれど、なかなか。

それはもしかしたら私にとってだけの、整える、なのかもしれないけれど、でも、周りのお客さんからも、そういうお声はいただくのでそういう効果は私に限らないのかもしれないとも思ったり。

奇を衒うことなく、朴訥に、自然に、体と心を整える食べ物であること。

大げさかもしれないし、まだまだそういうレベルに達していないかもしれないけれど、そういうパンでありたいという気持ちで、作る。

そういうものを生み出す人に私はなりたい。
ようやく、しっくり。

つじつまもあった。

昨日のさわやかないい天気から一転、

今朝は雨の音と共に目覚め、

せっかくのお休みなのだけどこの春からの趣味である草刈り(仮払い機でする)ができなくてがっかり〜が最初に思ったこと。

でもそのあと気持ちいいことがたくさん。

庭のアジサイがようやく花らしくなってきていて、

昨年末購入しためずらしい紫色のシクラメンが今頃もう一度綺麗な花を咲かせてくれて、

春摘みダージリンが本当に美味しくて(ミルクティー一辺倒だったのに)、

bonobosの昨年の日比谷野音のDVDをかけながら(大宴会後はbonobos熱再燃、ずーっと聴いてる)ヨガをして体を伸ばしていたら色々なこれからの自分にとって大切ないい考えがポコポコと浮かんできて(忘れないようにしなくちゃ)、

大宴会で飲んだ大宴会エールと後夜祭でいただいたクラフトビールもいい香りで本当に美味しかったな〜また飲みたいな〜と思い出したり、

久しぶりに見た石井ゆかりさんの年報があんまりにも当たっていてほーっとなったり、

昨日は、私の中にあったちょっとした偏見が溶けてしまってスッキリして生きやすく動きやすくなったり、

今はそんな感じ。

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今自分に降りかかっていることがあまりに難題で複雑で切羽詰まっていて、現実の頭で考えたところで何かいい案が思い浮かびそうにもない。けれどもなぜかわからないけれども何かしらのあまりにもちょうど良い道が用意されているような気がしてならない。なのでもちろん不安ではあるけれどもそれと同時にどうなるんだろうっていう静かながらも楽しみなような感もあり、そのヒントやタイミングをちゃんと受け取れるよう見極められるよう気づけるよう、今自分にできることは自分をクリアに保っておくことかなと。卒業シーズンで忙しい中ギリギリで青申やりながら、掃除やヨガをいつも以上に丁寧に念を込めてやる。仕事は最低限。とにかく、周りの雑音に振り回されることなく、自分の中の静けさをキープ。目の前の事象に一喜一憂しない。落ち込みすぎない。そう心がける日々。