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今自分に降りかかっていることがあまりに難題で複雑で切羽詰まっていて、現実の頭で考えたところで何かいい案が思い浮かびそうにもない。けれどもなぜかわからないけれども何かしらのあまりにもちょうど良い道が用意されているような気がしてならない。なのでもちろん不安ではあるけれどもそれと同時にどうなるんだろうっていう静かながらも楽しみなような感もあり、そのヒントやタイミングをちゃんと受け取れるよう見極められるよう気づけるよう、今自分にできることは自分をクリアに保っておくことかなと。卒業シーズンで忙しい中ギリギリで青申やりながら、掃除やヨガをいつも以上に丁寧に念を込めてやる。仕事は最低限。とにかく、周りの雑音に振り回されることなく、自分の中の静けさをキープ。目の前の事象に一喜一憂しない。落ち込みすぎない。そう心がける日々。

学校って

学校、というものの閉鎖性について、考えさせられる流れ。

娘が中学に入るにあたって、制服を試着する姿を見て、ぎょっとしてしまい。

喜ばしい、という感情は出てこなかった。

こんな窮屈な閉鎖的なものを身につけてこれから3年間過ごすのか、と。

 

つい先日は小学校の温かみをよいなぁと感じたばかりだった。

それとこれとはまた違う視点。

小学校が良くて中学校が悪いということではなくて、閉鎖性という点では小学校も同じところもあるので。

 

制服、校則、今の自分にとってものすごく違和感がある。

もちろん私はいい大人だけど、子供だからといってそういうものでがんじがらめにしてよいはずはないのでは。

ましてや子供だからこそ、今持っている貴重な創造性を失わないような環境が必要なはずなのに。

将来の夢や希望を感じられるだろうか。

学校ってなんだろう。

つぶやき

どうしても1月後半から2月3月は追われるものがありどうも余裕を持てなくなり落ち着いて想いを綴るという時を持てなくなってしまう
今まさにそんな真っ最中
でもまだ向き合いきれてなくて逃げてるところ

そんな中、感じること

なんだか最近自分と他者との境目が曖昧というか、、、
自分じゃない人が喜ぶことが私の喜びというか、、、
よその子も自分の子と同じように愛おしいというか、、、
ラーメン屋のおばちゃん、取引させていただいてる生産者さん、レジのバイトのお兄さん、ゆうパック宅配のおじちゃん、
そんな一期一会の人たちとの日常のなんともない一コマが、、、
素粒子の交換、というものなのかも
自分の中の変化に戸惑うくらいに
良いことなので良いのだけれど

最近子供達との会話で流行っていること
お徳貯金
お得、じゃなくて、お徳(ってあの子達わかっているかな)
良いことしたらそれが貯まっていくよ
良いことしたら良いことが返ってくるよ
ひなた(お姉ちゃん)ばかりずるい〜っていう弟の一言がきっかけ
かしこい姉にいつもやりこめられているからね
それは損してるんじゃないんだよ、って言いたくて

少し前に友達が面白いよって言っていたので我が家も、と毎日2話くらいずつ観ているのは、世界名作劇場のトムソーヤの冒険
ちょうど私が小2のころのだ
覚えてることもあったりして懐かしい面と
今大人になったからこそ深く分かり合えるところと、があって、本当におもしろいし、
一言一言がとてもうまく考えられていて深くて、見逃せない
今日観た場面でもハックがトムについて語るところ、それを聞いているベッキーの心の中の動き、何もかもが素晴らしくて
宝物のひと時
今ちょうど小2の息子と一緒に見ることができて本当に良かった

発言力ある人の一言でカリスマを作ってしまうことがなんだか怖いなーと
なんでもない自分の身近なところにもよいものってたくさんあって、別に遠くからお取り寄せしたりしなくてもきっといろんなこと感じられたりするはず
自分で生み出すこともできたり
どうしてもそれを手に入れたい、とか、そこに行きたい、とか、踊らされてしまいがち
カリスマを作ってしまうと、そればかりもとめられて入手困難になりますます高価になり、普通に当たり前に作っている地元の人たちのいとなみがおびやかされてしまいがち
完璧を求めるあまりにほんの少しの要素をものすごく大げさにバツをつけてしまって、ものすごく高価な100%のものだけを求める風潮も

Young Bloods

ちょっと昔の音楽に触れる機会が多い、最近。なぜかな。

先週、ラジオのサカナクションの山口さんのNight Fishing Radioで山下達郎さんがフィーチャーされていて、

今までちゃんと聴いたことなかったな、と、興味を初めて持ったのだけど、itunesなどにあるはずもなく、

今日は白河の図書館に行く用があったので、帰りにツタヤに寄って、ベスト的なものをレンタル。

合わせて、シュガーベイブと、佐野元春さんも。

先日やはりラジオでSOMEDAYを山下久美子と吉川晃司が歌っているのを聴いて、

それはapplemusicにあったので改めて聴けたのだけど、本家の方はやはりあるはずもなく、

なんだか色々懐かしく聴きたくなって。

佐野元春さんの方は、大学生の頃に聴いていたような気がする。人に借りて。それほど積極的にではなく。

借りたものを片っ端からダビングしながら聴いていたら、なんとも、20年以上耳にしていなかったフレーズが次々と流れてきて、

でも忘れるはずもなく、いつの間にそんなに刷り込まれていたのかわからないけど、私の奥の方で呼応するのでびっくりして、

でも何でこんなにも揺さぶられるのかはっきりとした記憶がなくてモヤモヤ。

でも何度聴いても時空を飛び越えて、何かを思い出しそうになって、どきどきする。

 
 

これも金曜のすっぴんの高橋源一郎さんのお話に出てきた、ピタゴラスイッチの佐藤雅彦さんの本の中のお話の一つの、幸せの時限爆弾、みたいなものだなぁと。

今の私の表面の部分では忘れてしまったような気になっているけど、実は奥の方に眠っている記憶がたくさんあるみたいだ、ってことに気づかされることばかりだ。最近。

アフタヌーンティーのATラインのティーカップとティーポットもそう。

GANESHのアッサムを初めて飲んでその美味しさにびっくり目を丸くした時のことははっきりと覚えていたけど、その時使っていたティーポットとティーカップのことまでは実は記憶にないような気がしていて、でもちゃんと覚えていたのだ、奥底の方では。

ひょんなことからオークションでそれを見つけてしまい、手にすることができ、感激。

マシマ タケシ (タケシ マシマ)さんの絵が私のところにやってきて約10日。
太陽の光と相談しながらどこに置こうか迷いながらの日々。
店と工房が筒抜けなので焼いている間は蒸気が充満していたり香りが立ち込めていたりするのでよくないかなと思い、
今日は焼き終えてから店に運んできて、見守っていてもらった。
いつまでもいつまでもみていたい。
リスクがあっても手に入れなくちゃ、というどこかからの声にしたがったまで。